島の湯に行ってみた
久々に能登島・島の湯に行ってみた。

島の湯には発災以前はほぼ毎週行っており、最後に行ったのは去年の12月25日。
それ以後はあの地震が起こり行くどころでは無い状態でご無沙汰していた。
2月に入ってからだろうか?HPを覗くと七尾市民に限っての入浴支援があったようです。
ですが、あいにく自分は七尾市民ではありませんので行くことが出来ませんでした。
あの段階で他の市町の住民を入れるとなると激しい混雑が予想されるので仕方ないですね。
暫く気にしていなかったもののHPで3月から七尾市民以外の被災地の住民も入浴支援を受けられると制度が変わったとの情報を得て今日試しに行ってみることにした。
やはり玄関には七尾市民以外にも入浴支援がある旨の張り紙がしてありました。


このHPや張り紙によると専用の入浴支援suicaを作ってもらい、それを使って入浴できるようです。
取り敢えず入館しフロントの方にsuicaを作ってもらうよう話をすると申請書を書くよう要請された後、運転免許証にて本人確認をされて簡単にsuicaを作ってもらうことが出来ました。

これが入浴支援のsuicaです。
このsuicaを使うと七尾市・志賀町・能登町にある入浴施設6箇所(七尾市内 島の湯・アスロン・ほっとらんどNANAO 志賀町シ・オン 羽咋市ユーフォリア千里浜 能登町のときんぷら)で入浴支援を受けることが出来ます。
早速作ってもらったsuicaで入館手続きを取って中に入ってみるとまだ断水や敷地内の配管が傷み自宅の風呂が使えない方々が沢山おられました。
浴場の浴槽はもとより洗い場は全部埋まっていてかなりの込み具合。仕方が有りません。
いつもなら露天風呂とサウナに30~40分は入って浴室には計1時間以上は入っているのですが露天風呂やサウナは地震で何らかの不具合があるようで使用不可のため30分程度で上がりました。
物足らない感じはするものの入れるだけ有難い事です。
入る時は張り紙に気を取られてあまり気にしませんでしたが玄関の外に出てみるとやはり地震の傷跡は残っていました。

しかし、温泉に入れたことと地震以前のルーティンが戻せるようになって来たようで何やら嬉しい感じです。
少しずつ復旧は進んでいるように見えてきました。
でもまだ「復旧」の段階であり「復興」のフェーズにはまだ程遠いと感じます。
早く他の市町でも通水され断水が解消されることを切に願います。
補足
当家の敷地内断水もまだ継続中で目の前まで通水されながら水が使えないというのはイラつきますが肝心な業者がなかなか来てくれません。
今しばらくこういう生活が続く模様です(汗。
水が出た
先の地震で家が基礎ごと20cm動きました。
これを発見したのは1月の中旬だったと思います。
それまでと言うと地震で車を失ったり避難したりする勤務者が相次ぎ、人員不足のため発災以後、連日の夜勤&徹夜&連勤で職場兼避難所に詰め切りになり、寒さもあって家の周囲さえ見る余裕がありませんでした。
この1月中旬頃、ようやく余裕が出て来たので自宅の周囲を点検しに回ったと思います。


家はベタ基礎で基礎自体に被害は無さそうですがこんなにバックリとスキが開いてしまぃした。
この間に来た地震保険の査定員も「こんなの初めて見ました」と言っておりました。
さて、ここで問題になったのが見えている水栓柱です。
本来なら家に密着して立っていたものがこれだけ離れてしまっている
。直感「あ・・・これは配管ブチ切られたな?」と思いました。
当時、水道は回復しておらず破断を確かめようが無いのでそのまま放置となりました。
2月の中旬になり水道が回復したためバルブを少し開けて確かめるとやはり水が出ない。
よって土中のどこかで配管が切れていると判断しました。
これとは別に給湯器が倒れた箇所にも破断があって水栓柱と併せ計2箇所の配管破損を直さない事には水道は使えない事になります。
余談ですが、この給湯器の破断箇所はこの際、大噴水となりました。
給湯器の破断箇所は厄介で、ただ配管が折れただけなら自分で直しますが、コンクリートに埋まった部分からバッキリ折れており電気ドリルが無いと配管を直せない状態で、自分は色んな道具は持っいるものの、さすがにドリルは持っていないため業者に依頼しました。
しかし「依頼が有り過ぎていつ来れるか分からない」との事。
長い戦いにハマってしまい、それ以来今まで「敷地内断水」となった訳で目の前まで水が来ていながら断水と戦う事になった訳です。
水が目の前まで来ていながら断水とは・・・精神衛生上、非常によろしくないです。
洗濯は仕方がないので破断箇所から噴水しながら(圧力を下げて)洗濯・すすぎの際にいちいちバルブを開け閉めしながらやる事になります。
今日、その洗濯をする際に「水栓柱もう一回見ようか?」と思い立ち蛇口を捻ると「ゴボゴボゴボ・・・」と音がした。
「あれ?まさか?」と思い暫く置くと水が出て来た。

ビックリした。
あの時、蛇口を捻っても全く出なかったのに今になって水が出た。
あの時、バルブを開けた際に圧力が弱かったのかも知れない。
そう考えたら配管は切れていないようで、そう考えたら何故か嬉しさが込み上げ、飛び上がって喜んだ。
厄介な修理箇所が一箇所減った訳です。
とにかく、給湯器が無くても水が使えるようになればトイレがまともに使えるようになる。
普通の生活に更に一歩近付ける訳です。
何か「山が一つ無くなった」と思ったらジーンと来て目頭が熱くなった(まだ使える訳ではないのに)。
surfaceでログインできました
実はブログ管理していたPCが逝ってしまいました。
また前に書いたコロナ第8波、9波・・・これが一服付いたか?に思われたその先に元日の地震後の地獄のような医療現場や自身の生活再建に追われ書く余裕が有りませんでした。
生活の再建は少しずつ進んでおりますがまだ厳しい状況です。
しかし、ようやく心に余裕が少し出て来たようで完全に逝った管理用PCからsurfaceに変更してログインできました。
余談ですが発災し大津波警報が出たその時、第一避難場所に携帯は持って出ましたがその他少しの私物・防災用具とこのsurfaceは持って出ました。
スマホの小さい画面は余り得意でなくきっと避難先でそのうちwi-fi環境が出て利用できると思ったからです。
何をどう片付けどう進んでいいか見当も付きませんが取り敢えず「一日・一仕事」で進んで行きたいと思います。
暫くお休みしていましたが・・・
4月に部署異動となりました。
色々お勉強のことを書いてありましたが、お勉強を決して嫌になった訳じゃありませんよ。
ハッキリ言ってお勉強が出来ないんです。
それまでの部署は直球勝負が多かったと思います。
しかし部署移動になったこの4ヶ月間・・・いや・・・見習い含めて5か月間ですが野球で言えば全部直球勝負だったのが、カーブ・シュート・シンカー・フォークなど変化球がたくさん来て慣れるので手一杯。それまでいた部署よりもハードで臨機応変の対応が求められます。
尚且つ実際の現場に立つとお勉強どころでは無くなってしまうんです。
7月から始まった第七波の経験は凄まじく「これは国難である」と実感しました。
本当に現場は大変なんですよ。
今はここでは書けません。
しかし色んな事を経験しました。
これは研究者さんや政治家さんは体験していないので分からないでしょうね。
机上で数字を並べて見てるだけじゃなくて、一回現場に出てこの凄まじい現場を見てみればいいと思いますよ。
いつか、これが忘れ去られる時になったら、この経験を文章にして残したいと思います。
この部署移動により今までのようなお勉強が出来なくなってしまいました(本当に出来ないんです)。
いろんな資格の参考書を買ってお勉強を試みるも、お仕事が夜明けに及ぶことなどが多々あり年齢の衰えもあって疲れを取る「寝る」事が主体となり放置状態です。
でもですね・・・何かまたやらなきゃならない事になりそうです。
大丈夫なんかなぁ?
取り敢えず頑張るしか無いかなぁ?なんて思いながら予習を始める吾輩でありました。
暫くお休みしていましたが・・・
4月に部署異動となりました。
色々お勉強のことを書いてありましたが、お勉強を決して嫌になった訳じゃありませんよ。
ハッキリ言ってお勉強が出来ないんです。
それまでの部署は直球勝負が多かったと思います。
しかし部署移動になったこの4ヶ月間・・・いや・・・見習い含めて5か月間ですが野球で言えば全部直球勝負だったのが、カーブ・シュート・シンカー・フォークなど変化球がたくさん来て慣れるので手一杯。それまでいた部署よりもハードで臨機応変の対応が求められます。
尚且つ実際の現場に立つとお勉強どころでは無くなってしまうんです。
7月から始まった第七波の経験は凄まじく「これは国難である」と実感しました。
本当に現場は大変なんですよ。
今はここでは書けません。
しかし色んな事を経験しました。
これは研究者さんや政治家さんは体験していないので分からないでしょうね。
机上で数字を並べて見てるだけじゃなくて、一回現場に出てこの凄まじい現場を見てみればいいと思いますよ。
いつか、これが忘れ去られる時になったら、この経験を文章にして残したいと思います。
この部署移動により今までのようなお勉強が出来なくなってしまいました(本当に出来ないんです)。
いろんな資格の参考書を買ってお勉強を試みるも、お仕事が夜明けに及ぶことなどが多々あり年齢の衰えもあって疲れを取る「寝る」事が主体となり放置状態です。
でもですね・・・何かまたやらなきゃならない事になりそうです。
大丈夫なんかなぁ?
取り敢えず頑張るしか無いかなぁ?なんて思いながら予習を始める吾輩でありました。
二級ボイラー技士 取得完遂
先の7月に受けた二級ボイラー技士ですが8月に合格発表があり無事受かりました。
しかし、二級ボイラー技士の場合は実務経験がない場合はボイラ協会の行う実技講習を受けないと免許が発行されません。
よって12月3日、4日、5日の三日間、実技講習を受けて来ました。
場所は金沢市にある金沢異業種研修会館という場所でした。
この会館は打木町という聞いたことない場所にあります。
今回、ナビの付いてない軽四で会場に向かうので予め下調べをしましたが何となく分かりにくい場所です。
まぁアマゾンで手に入れたポータブルナビを付けて行くんで「大丈夫だろう」とタカをくくって朝6時半に出発した。
ここが大間違いだった。
内灘までは鼻歌気分で楽勝なんだが、左折しなければ金沢・海側環状道路に行けない交差点を直進してしまいとんでもない場所に出てしまう。
最近ここ通って金沢に行ってないんで風景が変わってしまいド忘れしてしまったのです。
ポータブルナビをアテにしたが何と!言う通りに方向修正したら何と能登に向かって走っていることに気が付いた。
ダメやないかい!とスッタモンダした挙句、内灘の知ってる道路に出たらそこは清湖大橋と言い朝の慢性渋滞がある場所だった。
当然その時間は大渋滞である。
この時点で7時50分。大ピンチです。大渋滞に巻き込まれて講習時間に間に合わないかもしれません。
何とか清湖大橋を降りて金沢・海側環状に出た。前日にGoogleマップで調べた勘で何とか近くまで行くことができて「何とかなるかも・・・」と思うが今度はこのポータブルナビ・・・会場のある場所とは逆方向の全然違う指示を出す。
逆に行けってか?ブチ切れて「こんなもんアテになるか~!!」と外してしまった。
やっぱり安物はダメです。
取り敢えずピンチなので携帯のGoogleマップで即座に調べた・・・マップは分かるが実は直近に携帯の機種変更をしており携帯の使い勝手が変わって携帯ナビの出し方が分からん・・・(汗。
ヤバい大ピンチである。会場まで時間までに辿り着けないかもしれない。
調べに調べ上げて金沢市の緑中学校という学校の交差点近くに8番らーめんがあるんでそこを右折すれば近くにあるというところまでこぎつけた。
ほどなく緑中学校を発見し、8番らーめんの交差点を右折したが、今度は住宅街になってどこがどこやら分からない。
そこら辺を何周かしたが会場を発見できないので最終手段として異業種研修センターに電話をかけて「近くまで来てるんですが場所が分かりません。道案内お願いします」と電話をした。
すると道案内してくれて、今しがた通った道沿いに広い駐車場があってその奥にその会場があった。

覚えてしまえば滅茶苦茶簡単な場所なんだが道を知らないで行くと滅茶苦茶ややこしい場所にありました。
教訓・知らない場所に行くときは安物ではないきちんとしたナビの付いた車で行きましょうということです。
時間は8時40分。出発してから2時間10分の格闘で、それでその日一日の頭脳が終わってしまったような気がしました(苦笑。

取り敢えず間に合って受付を済ませて会場に入るが会場が滅茶苦茶寒いんです。
底冷えです。もうちょっと暖房効かせて欲しいよな・・・なんて思ったりして。
時間に切羽詰まり、とにかく間に合ってガックリ来てるメンタルの状態で講習となりました。とにかく疲れた・・・
最初に講習会の説明があります。
理由なく一日でも休んだらオジャンになるとの事。三日間一回も欠席できませんが、発熱等で休んだ場合は次の機会に受講時間を移せる便宜を図ってくれるとの事。
なるほどねぇ・・・発熱して無理に来てしまい大変なことになるといけませんからね。
そうこうして講習が始まりました。
今日の受講者は30名。感染対策のソーシャルディスタンスのため一つの机に一人だけです。
大方が男性で女性の方が2~3名いました。
どうも大方の方が来年2月に金沢で行われる特別出張試験を受ける方のようで自分のように既に学科試験合格済みの方は3人くらいだったと思います。

講義は特級ボイラーの資格を持った方が講師でこういった画面と図鑑を見ながらの講習です。
これも防災士の講習と同じでカリキュラムが終わったからと言って「早めに休憩しましょう」という事は無かった。
一日目の講義は午後4時50分くらいに終了。外は暗くなり始めていました。
冬の道は暗いんで嫌いです。寄り道をしないで帰路についた。
二日目(4日)も同じ会場。今度は場所を覚えたので1時間20分で会場に到着した。
昨日のあのドタバタは一体何だったんでしょうねぇ(苦笑。
この日も同じく9時に講習が始まって午後4時50分まで。ビッチリでした。
この日はさすがに帰り道でラーメンを食って帰った。
(まだもう一日あるんですよ~なんて聞こえる・・・)
自宅からだいぶ近い場所になりました。場所の見当も付きます。
この日は施設にある実際のボイラーを見ての講義との事。
この国立青少年交流の家は小学校の時のレクレーションや高校の時に何かの集まりでよく行ったことがある。
長らく行った事は無かったが40年ぶりにこの施設に入る訳です。
会場に着き玄関を見ると「おお・・・こんな場所だったな・・・」なんて思う。
ほとんど外観は変わっていませんでした。

だいぶ老朽化が来てるみたいだが・・・
そういやこんな場所だったよなぁ・・・と懐かしく思えたりして。
クリスマス近いんでこういった装い。古いけど綺麗に手入れされてます。

講習まで少し時間があったんで施設内を散策してみることにした。
確かでっかい講堂があったよなぁ・・・なんて探すとありました。

「おぉ~・・・こんな場所だったよなぁ・・・」なんて思いながら、あの時はでっかい講堂だと思ったけど案外小さい場所なんだなぁ・・・などと思ったり。
確か宿泊棟もあったよね・・・なんてさらに散策するとありました。

変わってる。ここは改装されてますね。
昔は病院のパイプベッドのようjな感じで6人部屋だったと思います。
今は改装されてこんな二段ベッドになってるんですね(笑。
開講時間が近づいて来たんで教室に行くことにした。

教室は少し古めですが広い良い会場で「金沢でなく最初からここで講習すればいいのに」なんて思ったりして。
ただ、底冷えが凄くて昨日よりも足が冷たい。冬は困ったものです。
冬の講習を受ける際は足元の寒さ対策が必要です。
この日は受講者を二班に分けての講習とのことで自分は最初、パソコンのシュミレーターでボイラー作動の講義を受けました。
これなかなか面白かったです。この動作、公表されてる試験問題にありましたね~(笑。
次の時限に実際のボイラーを見にボイラー室に入れてもらった。
確か温水プールのためのボイラーで伝熱面積が26平米ある鋳鉄製ボイラーだった。

でっかいバーナーが付いていてボイラー自体もでかい。
なるほどねぇ・・・と思いながらもボイラーが作動していないのでボイラー室は滅茶苦茶寒かった(苦笑。
昼からはボイラー模型を使った起動の講習となった。

この模型はなかなか出来た代物で取り扱いを間違うと「ビビー!!!」っとでっかい警報音が鳴りダメ出し食らうんでちょっと緊張しました。
事実、作動を間違われた方がいて「ビビー!!」と警報が鳴っていました。
これを終えて次に部材の説明があった。

圧力計や各種の弁、電気プラグなどなど・・・
電磁弁なんかは実際、電気をつないでみて開け閉めするのを見た。
某原発は事故の際、電気が無くなったので非常用復水器(IC)やベント弁なんかがこの電磁弁(もっとでっかいだろうけど)なんだろうから動かせなくなったんだろうなぁ・・・なんて思う。
その間、別の班が模型シュミレーターで起動訓練をしており、間違った人が「ビビー!!」とダメ出し食らっていた(苦笑。
最後に全員でDVDを見て終了。
さて、このこの三日間続いた講習も何とか終えて終了証をもらった。
三日間続けては結構疲れました。
大方の皆さんは来年2月の金沢で行われる特別出張試験を受けられるみたいです。
試験頑張ってくださいね。
(ちなみに自分が受けた7月の富山特別出張試験の場合、問題集に公表されてる問題からほとんど出ませんでしたよ~・・・問題集丸暗記もいいですけど、よ~くテキストを勉強していってくださいね。)
寒くて帰り途中の志賀町のシ・オンという温泉に入って帰ることにした。
体が冷え切っていたのか浴槽から出ることができず10分以上は浴槽につかっていた(苦笑。
サウナに入ってもまだ冷えてる感じがしました。
取り敢えず修了証を貰ったのでこれを添えて東京労働局に書類申請すれば免許交付となります。
帰宅してから7月の試験会場でもらって来た書類を書き、6日の月曜日に早速提出した。

恐らく免許交付は年明けぐらいだろう・・・と思っていたら何と!12月16日に免許証が到着した。

何と!免許申請してから10日で免許が到着した。
一か月以上かかると聞いていてびっくりした。
申請書を出すタイミングが良かったんでしょうか?信じられないくらいの早さです。
これで二級ボイラー技士完遂となりました。
何となく・・・
手間と金の掛かった免許なんで喜びより「やっと終わったよな~」って感じでした。
去年、試験受けようとしたらコロナ感染対策で北陸三県の特別出張試験はすべて中止、今年富山まで受けに行って実技講習3日間も座学して・・・講習費用も結構掛かったし・・・
全部書留だったんでこんな費用もバカにならなかったし・・・
危険物試験と違い手間と金の掛かる二級ボイラー技士免許でした。
余談
今年は防災士やらボイラーやら座学が多かったよなぁ~・・・
これ結構辛かったですわ(苦笑。
二級ボイラー技士 取得完遂
先の7月に受けた二級ボイラー技士ですが8月に合格発表があり無事受かりました。
しかし、二級ボイラー技士の場合は実務経験がない場合はボイラ協会の行う実技講習を受けないと免許が発行されません。
よって12月3日、4日、5日の三日間、実技講習を受けて来ました。
場所は金沢市にある金沢異業種研修会館という場所でした。
この会館は打木町という聞いたことない場所にあります。
今回、ナビの付いてない軽四で会場に向かうので予め下調べをしましたが何となく分かりにくい場所です。
まぁアマゾンで手に入れたポータブルナビを付けて行くんで「大丈夫だろう」とタカをくくって朝6時半に出発した。
ここが大間違いだった。
内灘までは鼻歌気分で楽勝なんだが、左折しなければ金沢・海側環状道路に行けない交差点を直進してしまいとんでもない場所に出てしまう。
最近ここ通って金沢に行ってないんで風景が変わってしまいド忘れしてしまったのです。
ポータブルナビをアテにしたが何と!言う通りに方向修正したら何と能登に向かって走っていることに気が付いた。
ダメやないかい!とスッタモンダした挙句、内灘の知ってる道路に出たらそこは清湖大橋と言い朝の慢性渋滞がある場所だった。
当然その時間は大渋滞である。
この時点で7時50分。大ピンチです。大渋滞に巻き込まれて講習時間に間に合わないかもしれません。
何とか清湖大橋を降りて金沢・海側環状に出た。前日にGoogleマップで調べた勘で何とか近くまで行くことができて「何とかなるかも・・・」と思うが今度はこのポータブルナビ・・・会場のある場所とは逆方向の全然違う指示を出す。
逆に行けってか?ブチ切れて「こんなもんアテになるか~!!」と外してしまった。
やっぱり安物はダメです。
取り敢えずピンチなので携帯のGoogleマップで即座に調べた・・・マップは分かるが実は直近に携帯の機種変更をしており携帯の使い勝手が変わって携帯ナビの出し方が分からん・・・(汗。
ヤバい大ピンチである。会場まで時間までに辿り着けないかもしれない。
調べに調べ上げて金沢市の緑中学校という学校の交差点近くに8番らーめんがあるんでそこを右折すれば近くにあるというところまでこぎつけた。
ほどなく緑中学校を発見し、8番らーめんの交差点を右折したが、今度は住宅街になってどこがどこやら分からない。
そこら辺を何周かしたが会場を発見できないので最終手段として異業種研修センターに電話をかけて「近くまで来てるんですが場所が分かりません。道案内お願いします」と電話をした。
すると道案内してくれて、今しがた通った道沿いに広い駐車場があってその奥にその会場があった。

覚えてしまえば滅茶苦茶簡単な場所なんだが道を知らないで行くと滅茶苦茶ややこしい場所にありました。
教訓・知らない場所に行くときは安物ではないきちんとしたナビの付いた車で行きましょうということです。
時間は8時40分。出発してから2時間10分の格闘で、それでその日一日の頭脳が終わってしまったような気がしました(苦笑。

取り敢えず間に合って受付を済ませて会場に入るが会場が滅茶苦茶寒いんです。
底冷えです。もうちょっと暖房効かせて欲しいよな・・・なんて思ったりして。
時間に切羽詰まり、とにかく間に合ってガックリ来てるメンタルの状態で講習となりました。とにかく疲れた・・・
最初に講習会の説明があります。
理由なく一日でも休んだらオジャンになるとの事。三日間一回も欠席できませんが、発熱等で休んだ場合は次の機会に受講時間を移せる便宜を図ってくれるとの事。
なるほどねぇ・・・発熱して無理に来てしまい大変なことになるといけませんからね。
そうこうして講習が始まりました。
今日の受講者は30名。感染対策のソーシャルディスタンスのため一つの机に一人だけです。
大方が男性で女性の方が2~3名いました。
どうも大方の方が来年2月に金沢で行われる特別出張試験を受ける方のようで自分のように既に学科試験合格済みの方は3人くらいだったと思います。

講義は特級ボイラーの資格を持った方が講師でこういった画面と図鑑を見ながらの講習です。
これも防災士の講習と同じでカリキュラムが終わったからと言って「早めに休憩しましょう」という事は無かった。
一日目の講義は午後4時50分くらいに終了。外は暗くなり始めていました。
冬の道は暗いんで嫌いです。寄り道をしないで帰路についた。
二日目(4日)も同じ会場。今度は場所を覚えたので1時間20分で会場に到着した。
昨日のあのドタバタは一体何だったんでしょうねぇ(苦笑。
この日も同じく9時に講習が始まって午後4時50分まで。ビッチリでした。
この日はさすがに帰り道でラーメンを食って帰った。
(まだもう一日あるんですよ~なんて聞こえる・・・)
自宅からだいぶ近い場所になりました。場所の見当も付きます。
この日は施設にある実際のボイラーを見ての講義との事。
この国立青少年交流の家は小学校の時のレクレーションや高校の時に何かの集まりでよく行ったことがある。
長らく行った事は無かったが40年ぶりにこの施設に入る訳です。
会場に着き玄関を見ると「おお・・・こんな場所だったな・・・」なんて思う。
ほとんど外観は変わっていませんでした。

だいぶ老朽化が来てるみたいだが・・・
そういやこんな場所だったよなぁ・・・と懐かしく思えたりして。
クリスマス近いんでこういった装い。古いけど綺麗に手入れされてます。

講習まで少し時間があったんで施設内を散策してみることにした。
確かでっかい講堂があったよなぁ・・・なんて探すとありました。

「おぉ~・・・こんな場所だったよなぁ・・・」なんて思いながら、あの時はでっかい講堂だと思ったけど案外小さい場所なんだなぁ・・・などと思ったり。
確か宿泊棟もあったよね・・・なんてさらに散策するとありました。

変わってる。ここは改装されてますね。
昔は病院のパイプベッドのようjな感じで6人部屋だったと思います。
今は改装されてこんな二段ベッドになってるんですね(笑。
開講時間が近づいて来たんで教室に行くことにした。

教室は少し古めですが広い良い会場で「金沢でなく最初からここで講習すればいいのに」なんて思ったりして。
ただ、底冷えが凄くて昨日よりも足が冷たい。冬は困ったものです。
冬の講習を受ける際は足元の寒さ対策が必要です。
この日は受講者を二班に分けての講習とのことで自分は最初、パソコンのシュミレーターでボイラー作動の講義を受けました。
これなかなか面白かったです。この動作、公表されてる試験問題にありましたね~(笑。
次の時限に実際のボイラーを見にボイラー室に入れてもらった。
確か温水プールのためのボイラーで伝熱面積が26平米ある鋳鉄製ボイラーだった。

でっかいバーナーが付いていてボイラー自体もでかい。
なるほどねぇ・・・と思いながらもボイラーが作動していないのでボイラー室は滅茶苦茶寒かった(苦笑。
昼からはボイラー模型を使った起動の講習となった。

この模型はなかなか出来た代物で取り扱いを間違うと「ビビー!!!」っとでっかい警報音が鳴りダメ出し食らうんでちょっと緊張しました。
事実、作動を間違われた方がいて「ビビー!!」と警報が鳴っていました。
これを終えて次に部材の説明があった。

圧力計や各種の弁、電気プラグなどなど・・・
電磁弁なんかは実際、電気をつないでみて開け閉めするのを見た。
某原発は事故の際、電気が無くなったので非常用復水器(IC)やベント弁なんかがこの電磁弁(もっとでっかいだろうけど)なんだろうから動かせなくなったんだろうなぁ・・・なんて思う。
その間、別の班が模型シュミレーターで起動訓練をしており、間違った人が「ビビー!!」とダメ出し食らっていた(苦笑。
最後に全員でDVDを見て終了。
さて、このこの三日間続いた講習も何とか終えて終了証をもらった。
三日間続けては結構疲れました。
大方の皆さんは来年2月の金沢で行われる特別出張試験を受けられるみたいです。
試験頑張ってくださいね。
(ちなみに自分が受けた7月の富山特別出張試験の場合、問題集に公表されてる問題からほとんど出ませんでしたよ~・・・問題集丸暗記もいいですけど、よ~くテキストを勉強していってくださいね。)
寒くて帰り途中の志賀町のシ・オンという温泉に入って帰ることにした。
体が冷え切っていたのか浴槽から出ることができず10分以上は浴槽につかっていた(苦笑。
サウナに入ってもまだ冷えてる感じがしました。
取り敢えず修了証を貰ったのでこれを添えて東京労働局に書類申請すれば免許交付となります。
帰宅してから7月の試験会場でもらって来た書類を書き、6日の月曜日に早速提出した。
恐らく免許交付は年明けぐらいだろう・・・と思っていたら何と!12月16日に免許証が到着した。

何と!免許申請してから10日で免許が到着した。
一か月以上かかると聞いていてびっくりした。
申請書を出すタイミングが良かったんでしょうか?信じられないくらいの早さです。
これで二級ボイラー技士完遂となりました。
何となく・・・
手間と金の掛かった免許なんで喜びより「やっと終わったよな~」って感じでした。
去年、試験受けようとしたらコロナ感染対策で北陸三県の特別出張試験はすべて中止、今年富山まで受けに行って実技講習3日間も座学して・・・講習費用も結構掛かったし・・・危険物試験と違い金と手間の掛かる二級ボイラー技士免許でした。
余談
今年は防災士やらボイラーやら座学が多かったよなぁ~・・・
これ結構辛かったですわ(苦笑。